カウンターポイントリサーチ (英文名: Counterpoint Research 以下、カウンターポイントリサーチ)は、処方型補聴器の世界販売台数は、2025年から2030年にかけて年平均4%で増加し、2030年には3,100万台を超える見込みです。補聴器へのAI導入が進み、その利点が広く認識されるにつれて、2030年には補聴器販売台数の約半数をエッジAI搭載モデルになるという調査に基づく予測を含むGlobal Edge AI Enabled Wearable Forecastによる最新調査を発表致しました。

WHOの2024年の難聴に関する報告とカウンターポイントリサーチの推計によると、2025年時点で、世界の約17億人が何らかの難聴を抱えており、この人数は今後も増加し、2030年までに、リハビリテーションを必要とする、日常生活に支障を来す程度の難聴を抱える人は5億人を超える見通しです。2025年から2030年にかけて、世界の難聴者数は年平均成長率(CAGR)2%で増加すると予測されています。難聴者数の増加に伴い、より高度で効果的な聴覚ケアへの需要も拡大すると考えられます。

カウンターポイントリサーチの「Global Edge AI Enabled Wearable Forecast」によると、処方型補聴器の世界販売台数は、2025年から2030年にかけて年平均4%で増加し、2030年には3,100万台を超える見込みです。補聴器へのAI導入が進み、その利点が広く認識されるにつれて、2030年には補聴器販売台数の約半数をエッジAI搭載モデルになると予測されています。

図:世界の難聴者数(単位:100万人)推計・2025年と2030年(予測)の比較

出典:WHOの2024年の難聴に関する報告・カウンターポイントリサーチ推計

従来型の補聴器から、AIを搭載したスマート補聴器へ

補聴器は長年にわたり、小型化、接続機能の拡充、バッテリー駆動時間の延長を進めてきましたが、「騒がしい環境で会話を聞き取る」という大きな課題は残されていました。従来の補聴器は、主にデジタル信号処理(DSP)に依存しており、マイクが周囲の音を捉え、プロセッサーが周波数や音量などの特性を分析し、あらかじめ設定されたアルゴリズムに基づき、増幅する音と抑制する音を判断する仕組みを採用しています。この方式は、エアコンやエンジンの音といった、比較的予測しやすい雑音には有効でしたが、混雑したレストランにおける、複数の会話、音楽、食器の触れ合う音が同時に発生するなどの実際の環境下では、利用者が本当に聞きたい音をルールベースのシステムが判断することは容易ではありません。

AIは、この課題に根本的に異なる方法で対応し、あらかじめ設定されたルールだけに頼るのではなく、音声と、それを妨げる音を区別するパターンを学習します。数百万の音声・背景雑音の事例で学習したディープニューラルネットワーク(DNN)は、話者の声を識別し、不要な音をリアルタイムで抑制することが可能となっています。

臨床的な雑音下での語音聴取検査では、聴力が正常な人が主要な語の50%を正しく聞き取るために必要な信号対雑音比(SNR)は、一般に約2dBとされています。一方、軽度から中等度の感音難聴がある人では、約8dBが必要になる場合があります。音声を雑音に対して十分に際立たせ、聞き取りに必要な水準を確保することは、AIによる改善を数値で示せる領域です。フォナックの試験では、従来設定の固定指向性マイクは、無指向性マイクと比べてSNRを6.4dB改善しました。さらに「Spheric Speech Clarity」を使用すると、改善幅は標準の強度設定で9dB、最大設定で10.2dBに拡大しました。

AIは、補聴器の自動調整や個人に合わせた最適化にも貢献し、機械学習によって、利用者の好みや音環境に応じた音声処理が可能になり、手動で調整する手間を減らすとともに、会話を聞き取る際の認知的な負担を軽減するとされています。

 

エッジAIが直面する制約

補聴器で許容される処理遅延は、ごくわずかです。自然な聞きとりを実現するには、音を取り込み、処理し、耳に届けるまでの一連の動作を、おおむね10ミリ秒以内に完了する必要があります。この点が、補聴器と多くのAI搭載機器との根本的な違いです。スマートフォンであれば、データをクラウドに送り、AIの応答を待ってから動作することは可能ですが、補聴器には、その往復にかかる時間的な余裕がなく、わずかな遅延でも、見えているものと聞こえる音にずれが生じ、自分の声が不自然に聞こえる可能性があります。

従って、リアルタイムの音声処理に用いるAIは、利用者のスマートフォンやクラウドではなく、補聴器本体で動作する必要があり、そこで重要になるテクノロジーがエッジAIです。マイクやレシーバーの近く、つまり補聴器本体の中で音を分析・処理する必要があります。課題は、小さなバッテリー、限られた演算能力、厳しいサイズ制約の中に、その処理機能を収めることにあります。最小限の消費電力で音声分離や雑音抑制を行うには、AIモデルとプロセッサーの両方を高度に最適化する必要があるからです。

ニューラルネットワークの連続動作は、バッテリー駆動時間を大幅に短くしてしまうことがあり、例えば、Phonakの「Audéo Infinio Ultra Sphere」(2025年モデル)は、通常のバッテリー駆動時間が56時間であることに対し、AI機能を連続使用すると10時間に短縮してしまいます。

 
図:AI搭載スマート補聴器の内部構成

出典:カウンターポイントリサーチ

 

補聴器のさらなる高度化に向けた開発競争

各ブランドは技術革新を進め、AI搭載の主力プラットフォームをおおむね1~3年ごとに刷新しています。Phonak、Starkey、GNは毎年、オーティコンとシグニアは一般に2~3年ごとにプラットフォームを更新しています。ただし、「AI補聴器」と呼ばれる製品が、すべて同じようにAIを活用しているわけではなく、AIが音環境を認識し、適切な音の設定を選ぶだけの製品もあれば、音声と雑音をリアルタイムで分離し、AIが動作の中核を担う製品もあります。

 

図:スマート補聴器のさまざまな形状

出典:カウンターポイントリサーチ

 

AIアーキテクチャを巡る競争

世界の補聴器市場は、Sonova、Demant、WS Audiology、GN Store Nord and Starkeyの主要5社に集約されています。2026年8月には、このうち4社がわずか2週間の間に、AIを重視した新たな主力プラットフォームを発表しました。端末上でAIを動作させる仕組みには、各社それぞれの特徴があります。

  • GNの「ReSound Sensia」は、リアルタイムの音環境分類、4基のマイクによるビームフォーミング、DNNによる自動雑音抑制を組み合わせています
  • Demantの「Oticon Reveal」は、2つのAIシステムを並行して動作させます。一方が音声処理を担い、もう一方が周囲の音を保ちながら、そのバランスを調整します
  • Sonovaの「Phonak EON Audio Sphere」は、新しい「HYPERSONIC」チップを搭載しています。同チップは消費電力を37%削減し、前世代比で25%の小型化と20%の軽量化を実現しています
  • WS Audiologyの「Signia MaX」は、用途別に特化した4つのニューラルネットワークを新しいチップ上で組み合わせています。このチップは、前世代比54倍の処理能力、50%高いエネルギー効率、2倍のメモリー容量を備えています
  • Starkeyは、2025年10月に発売した「Omega AI」で異なる方向性を打ち出しました。最近発売した「Omega AI+」では、ニューラルネットワークを用いた指向性処理に、生成AIによるアシスタント機能と健康状態のトラッキング機能を組み合わせています

各社は独自ブランドのチッププラットフォーム上で、自社データを使って学習した独自のアルゴリズムを動作させています。Sonovaは効率性、WS Audiologyは演算性能、GNは音環境への自動対応、Demantは音声と周囲の音のバランス、Starkeyは聴覚支援にとどまらない健康関連機能に、それぞれ重点を置いています。しかし、各社が直面する課題は共通しており、バッテリー駆動時間、サイズ、演算能力に厳しい制約がある機器に、いかに高度な機能を組み込むのか、消費電力1ミリワット当たり、利用者に役立つAI機能をどれだけ提供できるかが課題かつ重要な点となっています。

 

存在感を高める消費者向けテクノロジー企業

従来の補聴器メーカーに加え、消費者向けテクノロジー企業も市場に参入しています。アップルは既に、「AirPods Pro」で米国食品医薬品局(FDA)の認可を受けた補聴機能を提供しています。サムスンも「Galaxy Buds」の補聴機能についてFDAの認可を取得しており、2026年第4四半期の提供開始を予定しています。メタも、オープンイヤー型の音響機構、マイク、AIアシスタントを眼鏡に組み込んだ「Ray-Ban Meta Audio」を発売しました。また、対応するAIグラスに聴覚補助機能「Hearing Enhancement」を導入する予定です。FDAの認可を受けたこのソフトウェア機能は、軽度から中等度の難聴を自覚する18歳以上の成人の聞こえを支援することを目的としています。2026年中に米国で149.99米ドルにて提供を開始する予定で、利用者は医療機関への受診や処方箋なしに、自宅で設定できます。

こうした動きにより、民生用電子機器、ウェアラブル機器、聴覚支援機器の境界が曖昧になりつつあります。一般消費者向けのイヤホンや眼鏡に聴覚支援機能を組み込むことで、基本的な聞こえの支援をより身近にする一方、OTC補聴器、つまり処方箋なしで購入できる補聴器の市場では、競争が激しくなる可能性があります。従来の補聴器メーカーも、この分野に参入しています。GNは「Jabra Enhance」を展開し、WS AudiologyはSonyとOTC補聴器で協業しています。

 

今後の展望

2030年までに、日常生活に支障を来す程度の難聴を抱える人が5億人を超えると予測される中、AI搭載スマート補聴器への需要は拡大する見通しです。そして、補聴器ブランドは、効率化、小型化、高度化の3つの領域に注力することになります。AIの効率が向上すれば、高度な処理機能を中価格帯の製品にも搭載できるようになります。現在は最上位モデルに限られる機能が、より手頃な価格で利用できるようになることでしょう。チップの進化は、より高性能なAIモデルを小型の筐体で動作させることを可能にし、現在の最上位製品に相当する機能が中価格帯にも広がると考えられます。機能の高度化は、音の処理だけにとどまりません。補聴器は、音声処理に健康モニタリングや生成AIを組み合わせたセンシングプラットフォームへと進化していく可能性があります。

専用AI半導体の重要性が高まるにつれ、競争の焦点は、AI機能を追加することから、消費電力、サイズ、遅延の厳しい制約の中で、より高度な処理を実現するアーキテクチャの構築へと移っていきます。AIが補聴器に実質的な進歩をもたらしているのは、「周囲が騒がしく、音環境が予測できない状況で会話を理解する」という、この技術にとって最も難しい課題の一つに対応しているからです。

今後求められるのは、AIの演算能力を最大化することではなく、利用者が日常生活で得られる価値に合わせて最適化することです。処理を増やすのであれば、それに伴うバッテリー駆動時間、機器サイズ、価格への負担に見合うだけの、会話の理解、聞き取りの負担軽減、個人に合わせた最適化への貢献が求められます。

 
本プレスリリースに関する詳細並びに情報は、こちらからご覧いただけます。
https://counterpointresearch.com/en/reports/global-edge-ai-enabled-wearables-forecast 

 

【カウンターポイントリサーチ概要】

テクノロジーエコシステム全体にわたる製品を専門とするグローバル市場調査会社です。世界の主要なイノベーションハブ、製造クラスター、商業センターに拠点を構え、スマートフォンOEM、チップメーカー、チャネル企業、大手テクノロジー企業など、幅広いクライアント様にサービスを提供しています。経験豊富な専門家が率いる当社のアナリストチームは、経営幹部から戦略、アナリストリレーション(AR)、市場情報(MI)、ビジネスインテリジェンス(BI)、製品・マーケティングの各分野のプロフェッショナルまで、企業全体のステークホルダーと連携し、市場データ、業界のソートリーダーシップ、コンサルティングといった幅広いサービスを提供しています。
主な調査領域には、AI、自動車、コンシューマーエレクトロニクス、ディスプレイ、eSIM、IoT、位置情報プラットフォーム、マクロ経済、製造、ネットワークおよびインフラ、半導体、スマートフォン、ウェアラブルを含みます。カウンターポイントリサーチの注力領域、アナリスト、対話の機会等におかれましては、Insightsページより一般公開市場データやインサイトをご確認ください。
公式ウェブサイト: https://counterpointresearch.com/jp